「顧客に新たな行政体験を〜自治体CRMの可能性」

北川憲司
http://kitnet.info/

札幌市では、平成15年4月から「札幌市コールセンター ちょっとおしえてコール」というサービスを開始しました。これは日本初の総合案内的な自治体コールセンターとして全国的にも注目されるところとなりましたが、重要なのはその背景にある自治体CRM(Customer Relationship Management)という経営方針であるといえます。本稿では、その自治体CRMの考え方を、実際にコールセンターによってもたらされたサービス改革を例に解説してまいります。

現在、多くの自治体は経営の転換期に差しかかっているといえるのではないでしょうか。財政危機、団塊世代の大量退職、市町村合併など危機の切り口は様々でありますが、いずれの自治体もそれら複合的な経営課題に迅速な対応を迫られているという状況です。一方で、右肩上がりにインフラ整備を続けてきた時代が終わり、分権時代と呼ばれるように住民が何を求めているかに耳を傾け住民主体の経営に生まれ変わろうとしています。住民が望まない過剰な投資や、役所が良かれと思って一方的にサービスやインフラを提供していく時代ではもはやなくなっているといえます。そのような時代において必要なのは、これまでのような「役所におまかせ」という住民との関係性から脱却し、信頼関係を再構築することから始まるのではないでしょうか。
「協働」や「パートナーシップ」という言葉を用いてこれらの課題に向き合っている自治体も少なくありません。住民に対して「一緒にまちづくりをしていきましょう」というメッセージを発信していることの本質は、自治体経営の根本である「住民自治」の問題に他ならないのです。この「一緒にまちづくりを」というラブコールにこそ"信頼関係"という前提が必要なことは言うまでもありません。

ところが、これまでの役所が行ってきた行政改革や電子自治体の取り組みの多くは、どちらかというと内部改革に重点を置かれたものが多くはなかったでしょうか。新たな行政マネジメントの仕組み、ネットワークインフラの敷設、業務システムの導入などなど、住民から見てすぐに変化を実感できるものはそう多くはないと思います。
住民から見て「役所も変わったね/良くなったね」という実感はあるでしょうか。ここが大事なポイントです。目に見える変化こそ、信頼関係の構築には最も重要です。もちろん目に見えない内部改革も着実に進めなければならないのですが、変化を実感させることが役所への期待感を高め、「どうせ役所は何を言っても変わらない」というあきらめ感から脱却させることになると考えています。
そのための有効な手段といえるのが顧客接点改革です。窓口や電話といった直接住民に触れることのできる接点から変えていくこと。自治体にとっての顧客である住民に新しいエクスペリエンス(行政体験)を提供することが新しい関係性構築の第一歩ではないかと思います。
また、顧客接点改革が成功すれば、結果として住民満足をひきだすことになります。褒められるというのは職員の意識改革の上でも非常に大きな効果があるのです。住民からの批判はマイナスの外圧になり行政をより硬直化させかねないですが、プラスの評価は良い外圧となって改善の好循環を生み出すものです。「子どもは褒めて育てよ」といいますが、それに似たところがあるかもしれません。顧客の感謝の声をエネルギーとして進める顧客接点改革では、内部改革にありがちな「燃え尽き症候群」の心配もありません。住民の視点に立って、住民が抱える困りごとを一緒に悩んで解決しようというゴールが明確なので、職員への共有化も比較的スムーズです。そして、そういった顧客接点改革の取り組みをサポートする形で、IT活用や内部改革が行われるのであれば、迷走はないのです。こういった状態を、顧客を上位においた逆ピラミッド型の組織と呼んだりします。

では、これまでの顧客の行政体験に基づく印象はどうだったのか、札幌市での実例を元に考えてみましょう。札幌市ではコールセンター構築に先駆けて、平成14年6月に無作為抽出で市民1万人を対象に、問い合わせを契機とした行政体験のアンケート調査を行っています。
このアンケートでは、まず『あなたは、市役所・区役所から情報を得たいとき何を利用しますか?(複数回答)』との質問に対して、1位が「広報誌(69.4%)」、2位が「電話(67.2%)」でした。特に全ての年代層に6〜7割の支持を得ているのが電話というチャネルです。当時でも家庭のインターネット普及率は39%ほどありましたが、市役所の「ホームページを見る」という回答は13.2%しかなく、Web上のサービスがまだ市民にとってメジャーな存在ではないことがわかります。意外にも多かったのが「直接役所に聞きにいく(35.8%)」でした。
『あなたは市役所・区役所に問合せをしたことがありますか?』との質問には、「ある」と答えた方が60.6%で、そのうち、『問合せの時、どこに問い合わせたらよいか迷ったことがありますか?』の質問には、「よくある」「たまにある」を合わせると72.3%の方が問合せ先に迷うという経験をされていることがわかります。これは市民にとっては非常に不快なことであるはずですが、内部にいる職員は意外と気づかないことが多いのです。札幌市は1万5千人の職員を有し、課相当の組織だけでも500以上あるため、どの課が自分の問題を解決してくれるのかわかりにくいのも仕方ありません。結果として、市民の方が部署を間違って問い合わせすると、職員も悪意はないにせよ責任ある回答をしなければならないという気持ちから「うちではありません。それは○○課の担当です。」と答えてしまいます。これがいわゆる「たらい回し」と呼ばれる現象です。これは市民と市役所の双方にとって不幸な結果といえると思います。たらい回しはそれだけ一件あたりの対応時間が長くなりますし、苦情として広聴部門に入ることでより多くのコストがかかっています。しかも、その結果、市民の満足度を下げているわけです。
また、『役所に問い合わせができる時間帯の希望はありますか?』という質問には、「時間延長してほしい(26.3%)」「土日拡大してほしい(17.7%)」「24時間365日(17.3%)」を合わせると、現行より拡大すべきとの声が61.3%に達しています。これも、サラリーマンや日中ご商売をされている方にとって、月金9時5時という役所の時間帯がマッチしていないことを表しています。
そして、『コールセンターに何を期待しますか?(複数回答)』には、1位「丁寧で親切な対応(66.1%)」、2位「素早い対応(62.1%)」、3位「役所に行かなくても用事が済む手軽さ(59.7%)」と続きます。「問い合わせ先を迷わない安心感」が34.8%ですので、それよりも「親切さ」「早さ」「手軽さ」を求めていることがわかります。裏返して言うと、役所の印象は「不親切」「遅い」「手間がかかる」ということにならないでしょうか。
実際、自由記載欄の意見を拾い上げると、「お役所的な対応に腹が立った」「事務的な回答をされた」「面倒くさそうにしている」「担当者がいつも不在」「たらい回しにされた」などの批判が非常に多く見られました。この状態では、到底多くの市民からパートナーとして認めてもらえる自信がありません。
こういった現状を事実として真摯に受け止め、行政サービスのあり方を変えていくにはどうしたらいいのでしょうか。それには、いわゆる「お役所仕事」から「顧客志向」へのチェンジが必要なのです。

では、「顧客志向」に変わっていくためには、何をすべきなのでしょうか。札幌市では自治体CRMに取り組んでいます。CRMというのは民間企業のマーケティング戦略として普及してきた考え方で、簡単に言うと、企業と顧客との結びつきを深め、長くお得意様になっていただこうとする戦略です。顧客の趣向に合わせた営業を行ったり、顧客ごとの取引履歴を管理することで「かかりつけ医」のような安心感を提供したり、ポイントカードのような形で競合他社に乗り換えられないようにしたり、様々な工夫によって顧客との関係性を維持し、シェアを維持拡大しようとするものです。
しかし、企業におけるCRMをそのまま行政に持ち込めばよいというものではありません。
企業の経営のゴールが利潤追求であるのに対し、行政は住民福祉の向上です。企業のサービスは代金決済ですが、行政は税金という形で前払いされています。企業はライバル会社とシェア率を競争しますが、行政はほぼ独占状態にあるものを、民営化したりNPOなどの別セクターに移譲していこうとしています。これらの違いを踏まえた、自治体経営ならではの「自治体CRM」を再定義することが重要だと考えています。
札幌市では、『CRMとはお客様と行政の関係を良くしていくこと。それは、「お客様第一主義」や「顧客志向の経営」に生まれ変わることであり、つまり、CRMとは経営方針そのものである。』との認識のもと、公共(公的課題)を担い合うパートナーとの信頼関係を築き、住民自治を実現するための戦略であると考えています。
「顧客志向」というのは、パソコンに例えて言うならOS(オペレーティング・システム)のようなもので、全ての基本になる部分です。古いOSの上で最新のアプリケーションを動かそうとしても動かないのと同じで、「お役所仕事」という古い文化の上で最新のマネジメント手法や新規サービスを動かそうとしても動きません。役所の都合だけで歳出削減や事業委託をするのではなく、必ずそこに顧客の視点でチェックが必要です。
行政は利潤追求ではなく、信頼の獲得こそが組織ミッションであるといっても過言ではありません。住民からの信託によって正統性を保持している組織なのです。

ただし、理念ばかり立派でも具体的な取り組みの成果が数字に表れてなければ誰も納得しようがありません。そこで、札幌市が顧客に新たな行政体験を提供した実例として札幌市コールセンターの取り組みを紹介します。
札幌市コールセンターは、札幌市の様々な制度や手続きに関すること、雪まつりなどのイベント案内、札幌ドームや図書館などの施設案内など市政全般にわたる暮らしのちょっとした問い合わせにお答えするサービスを行っています。
当初は問い合わせ対応に特化して行っていましたが、現在ではイベントやワークショップの電話申込や、道路補修などのサービスリクエスト対応、市の重要施策に対する市民意見の集約など様々な活用を行っています。
コールセンターが市民に提供する「実感できる変化」は大きく3つあります。
一点目は、問い合わせチャネルが、電話・FAX・Eメール・Web(自己解決)の4つから、お客様の好みに合わせて自由にお選びいただけるという点です。パソコンをお使いにならない方や、出先からの問い合わせには電話が便利ですし、耳の不自由な方にはFAXが便利です。Eメールは若い世代の方に多く利用されており、その半数は携帯電話からのメールとなっています。パソコンをお使いになられる方であれば、市のホームページから「よくある質問検索サービス」によって、24時間365日いつでもどこでも知りたいことを調べることが可能です。Webを除く3つのチャネルの比率は、電話(95.3%)FAX(0.5%)Eメール(4.2%)となっております。FAXは件数は少ないですが、逆にコールセンターから地図や一覧表、申請様式を送付するなど有効に活用されています。
二点目は、サービス機会の拡大です。札幌市コールセンターは年中無休で朝8時から夜9時まで毎日サービスを行っています。当然、大晦日も元旦もサービスを行います。昨年の大晦日の夜9時にかかってきた電話は、若いお母さんからの「子どもが熱を出した。今日やっている病院はありますか?」というものでした。仕事から帰って、明日区役所に届出に行かなきゃいけないけど何を持って行ったらいいのだろうと迷うときでも、区役所は閉まっていますが、コールセンターは開いています。日曜日に子どもと一緒にあそべるイベントを探そうと思ったときも、朝8時からその日に開催しているイベントをご案内できます。職員の作業を伴うような内容の場合は、緊急のものを除いて、翌営業日に対応させていただくことを申し上げており、そのことでトラブルになるケースはありません。
そして、三点目は、高い対応力と顧客満足度です。コールセンターには月に4000件以上の問い合わせが入ります(16年3月現在)が、その98%がコールセンター内で完結しています。つまり、たらい回しせずその場で回答を行っているということです。残りの2%は担当部局でなければ答えられない内容(個人情報に関わることや、相談・折衝に発展するもの)となっています。なかには、市役所の業務ではないことを聞かれる場合もあります。「パスポートを取りたい」「運転免許の更新の方法は?」などです。無論、そういった問い合わせにもQ&Aを用意して迅速に対応しています。1件あたりの平均通話時間は3分半程度で、ほとんどの場合は1,2分で通話が終ります。
また、年2回、利用者満足度調査を行っています。お問い合わせのあったお客様に「このコールセンターのサービスは10点満点で何点ですか?」と聞いています。16年2月に行った調査では、10点満点中平均9.6点。10点満点をくださった方が79.7%、8点以上をくださった方が全体の96.7%にものぼります。10点をくださった方の中では「文句を言おうと思って電話したんですが、親切に教えてくれたので」というコメントもいただきました。この高い評価については、これまでのサービスへの期待値が低かったことによるギャップ効果ではないかと分析しています。つまり、顧客に新しい行政体験を提供できたと考えております。
さらに、信頼獲得のためのスタンスとして3つのことに気を配っています。
一点目は、「親切」の徹底です。札幌市コールセンターのモットーは「親切」です。ブース内にはあちこちに「Welcome・親切・信頼感」という貼り紙があります。コールセンターシステムのトップ画面には「Welcomeの気持ちで・親切に・できる限りのことを」と記されています。電話は3コール以内に取り、「ありがとうございます。札幌市コールセンター○○です。」と名乗ります。問い合わせ対応についても、聞かれたことだけに答えるのではなく、お客様のニーズを先回りして「プラス1の親切」をするよう徹底しています。例えば、住所変更のお客様に国保などその他の手続きはお忘れないですか?と声をかけたり、メールでの回答の際により詳しい情報が載っているホームページをご紹介したりなどです。こういった取り組みが与える印象は決して小さいものではありません。
二点目は、サービス目標数値の公開です。札幌市コールセンターは3つの数値目標をお客様にお約束しています。こういった数値目標の公表も信頼性を高めます。
・コールセンター内で回答できる割合 目標80%以上 実績98%
・一件あたりの平均通話時間 目標5分以内 実績3分23秒
・利用者満足度8点以上の割合 目標80%以上 実績97%
三点目は、縦割りに分散されたナレッジの統合です。市役所の組織はどうしても専門性を高めるために縦割り構造になりがちですが、市民からの問い合わせは横串で入ってきます。市民の視点で各部局に分散している情報を統合して見られるようにする工夫を行うことで、たらい回しや縦割りの弊害を緩和するよう努めています。
例えば、春先から市内ではカラスが木に巣をつくり、親ガラスがヒナを守るため歩行者を威嚇します。この苦情の担当部署は実に多彩です。その木が街路樹なら道路管理、公園の立ち木なら公園管理が担当です。民有地なら地主が許可業者に巣の撤去を依頼します。ヒナがもし巣から落ちて死んでいる場合は、清掃事務所が管轄です。しかし、そんなことは市民にわかりませんので、どこか違う部署に電話をしてしまい、たらい回しが発生します。
こういう場合でも、コールセンターに電話をすれば、オペレータが状況を伺って適切な部署に対応を引き継ぐので、お客様は縦割り組織を意識することなくサービスを受けられるのです。
このほかにも、コールセンターを活用したことで市役所のイメージに良い影響がでる事例をいくつか紹介します。
今年の雪まつりから、札幌市コールセンターが正規の問い合わせ窓口になっています。観光都市である札幌市にとって観光客をおもてなしする案内電話として休日夜間も対応しています。また、外国人観光客のために常時1席英語対応可能なオペレータを配置しています。このことは国際都市としてのブランドイメージを高めたり、観光ホスピタリティをアピールすることに貢献しています。
札幌市が検討している敬老パスの見直しにあたっては、見直し案に対する意見をコールセンターで伺っています。1日に最大170件ほど意見が寄せられましたが、これを高齢福祉課で受けようとしたら対応に追われて大変です。コールセンターを活用することで、市民の意見を聞きやすくなるという好例です。市民の方からしても市役所は自分たちの声に積極的に耳を傾けてくれていると感じるのではないでしょうか。
鳥インフルエンザが話題になったときにも、コールセンターで保健所や農務部畜産担当、動物管理センター(ペット関係)から情報を集約し対応を行いました。十勝沖地震の際には、消防局や交通局と連携して地下鉄運休状況や避難場所の案内などを行っています。こうしたエマージェンシー・コールセンターとしての機能も市民生活に安心感を与える役割を果たすと考えています。
コールセンターの良いところは、お客様にITを使わせるのではなく、人による親切な対応の背後でITを使うという点にあります。しかもその運用形態が市内のテレマーケティング会社へのアウトソーシングによって行われていることから、産業振興や雇用創出の効果を伴います。また、市役所が抱える経営課題として、財政危機や団塊世代の退職といったものがありますが、職員じゃなくても対応可能な顧客接点業務を集約化してアウトソーシングすることで安価で質の高いサービスが実現可能です。職員定数の自然減によって溢れた業務を吸収することができるため、より少ない職員で役所を回すことが可能です。ベテラン職員の退職に伴うノウハウ喪失という問題にも、コールセンター用のQ&Aが蓄積されることでカバーができます。こう考えると、自治体コールセンターが経営の中で果たす役割が非常に大きいことが理解していただけると思います。

最後に、今後の展望ですが、市役所が本当に「顧客志向」になるためには、コールセンターだけではなく、経営全体が顧客の方に体を向けなおしていく必要があります。
コールセンターやGISなどから得られるデータ、庁内の様々な窓口から得られる職員の気づき、事業評価システムを通じて発見する事実、そういった各種のデータ分析からサービス改善、コスト改善の仮説を立て、検証と改革を行っていく体制へ。
そういった経営が実現されたときこそ、まちの困りごとを解決する住民自治の事務局として、行政が住民から信頼をもって迎えられるのではないかと考えます。自治体CRMの取り組みは日本ではまだ途についたばかりです。

Author : Kenji Kitagawa
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